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こんにちは、ミニマリストシナリオライターの皐月紫音です!
最初に簡単に自己紹介をさせていただきますと、私は普段はとあるYouTubeチャンネルでディレクター兼ライター業をする傍ら、自身の小説・ブログをこうした形で公開しております。
ブログでは主にミニマリズム・節約・レトロ喫茶・ユダヤ教に関する学び・幸せに生きるための考え方などを発信しておりますので、本記事と併せて是非チェックしてみてください。
◽️はじめに
今回のテーマでは、断捨離を進めていく中で誰もがきっと抱えることになる切なさのような感情について書いていきます。
お役立ち記事というよりは、私のエッセイ的な意味合いがより強いものになるかと思います。
ただ、断捨離をしていく中でこの感情とどう付き合っていくかというのは、とても重要になってくるはずです。
普段であれば、物を減らすためのテクニックや断捨離をすることのメリットなど、できるだけ皆さんが読んだ後に「よし、やろう!」と前向きになれる話をするのですが、こういう明るいだけではない気持ちも生まれてくるのだと知っておくことで、より私たちが理想とする未来に近づけるのかなと思います。
それでは、前置きが長くなってしまいましたが、いってみましょう!
◽️断捨離をして本当に失うもの
皆さんは、断捨離をして本当に失うものは何だと思いますか?
私が今までの記事でためらいなく断捨離をするように勧めてきた理由の一つは、たいていのものはお金で取り戻せるからです。
ですが、物を減らして執着を手放すほど、確実に失っていくものも存在しています。
それは青春時代にあった、無駄の刹那を楽しむ気持ちです。
これは特に、平成時代に青春を過ごした人が共感できることかと思うのですが、今のアラフォー、アラサー世代は、本当に中学・高校時代に暇だったのですね。
令和との一番の違いは、間違いなく手元にスマホがなかったことです。
私たちの時代は、本当に最低限の機能に色をつけた程度のガラケーが主流でした。 当然、今の時代のように「暇だからYouTubeやTikTokを見よう」「ソシャゲをしよう」といったことはないのです。
それでいて、お金もたいていの学生はそんなに持っていません。 でも時間だけはある、それが平成の中高生でした。
そんな私たちがどのように時間を潰したかというと、自転車で長距離をだべりながら移動して、イオンのようなショッピングモールを目的もなく何時間も見て回ったりしていました。
本当にお金がないときは、公園などでひたすら語って終わります。
もう少しインドア派寄りのグループですと、限られたお金で長時間ゲーセンに滞在して、時間を潰していることも多かったですね。
カラオケやボウリングは、バイトをして自由に使えるお金が増える、大学生になってからの趣味というポジションでした。
そんな私たちの世代は、生産性とはかけ離れた時間を過ごしていました。
お金もなくて買えもしないのに、イケてるブランドの服やアクセサリーを見たり、褒められた行為ではありませんが、ブックオフなどで漫画を立ち読みしたりしていましたね。
少し男子側に焦点を当て過ぎてしまいましたが、女子であればアクセサリーや雑貨、サブカル好きの女子であればヴィレヴァンやタワレコ、アニメイトなどにも行っていたと思います。
生産性とはかけ離れているのですが、こういう時間って後で思い返したときにものすごく輝いて感じられるのですよね。 まさに青春ってこういう時間のことをいうのではないかと思います
◽️断捨離とは「選択」すること
ここからが本題になりますが、断捨離をしてミニマリストになると、上で述べたような青春時代に感じられた感情を失うことになります。
まず、青春時代の私たちというのは、基本的にはインプットモードになっています。
さまざまな〝無駄〟という刺激を受け入れて、楽しむ余白がある状態なんですね。
これには、十代の私たちが「明確に自分が人生でやりたいことは何か」ということまで決めていないという背景があります。
もちろん中には、例えば「私はバレエに命を懸ける!」のように覚悟を決めていて、そのために練習とロシア語習得に時間をすべて使い、ロシアの大学に進むような猛者もいます。
ですが、それは例外中の例外で、1つの学年に1人そんな人がいたらすごいというくらいの話だと思います。
これがまだ小学生のころなどであれば、無邪気に「将来はサッカー選手になるんだ!」のような夢を見ている人が多いでしょう。
ですが、中学や高校に入ると、それがどれだけ難しいことか理解できてしまいますよね。
この年頃になると、大会のために頑張ったりはするでしょうが、本気で「自分が将来は日本代表になるとまで信じて努力している」人はほとんどいないでしょう。
話がやや脱線してしまいましたが、中高生の段階で自分が人生を懸けてすべきことが見えている人はごく少数です。
だからこそ、さまざまな無駄を許容できる余白があるのです。
これが、1日の大半の時間を仕事や家事に投下し、残った限られた時間を自分のために使っている社会人との違いでしょう。
それではミニマリストはどうでしょうか?
断捨離は自分の人生にとって、余分なものを手放して余白を作る行為といえます。
「余白」とは具体的にいうのであれば、時間や心の余裕、脳のリソースのことです。 断捨離は余白を生み出す行為なのだから、無駄を楽しめるようになるんじゃないの?と考える方もいるかと思います。
これは半分は正解ですが、もう半分は不正解です。
「物」=執着を手放したことで、確かに私たちは余白を生み出し、新しいものを受け入れる土壌が形成された状態にあります。
ですが、私たちが過去に楽しんできた無駄なものの多くは、それこそ手放した執着にカテゴライズされるものなのです。
余分なものを手放すということは、必要なものを選択しているということです。
必要なものを選択して作られた余白に、過去に手放したものが再び入ることはもうありません。
例えば昔のように何となく服屋を回っても、「もう服は制服化しているし、新しいものはいらないよな」となってしまうのです。
本にしても、昔はブックオフや古本屋を巡ってワクワクしたかもしれませんが、今では家に物を増やしたくない心理が働き、「電子書籍のほうがよい」となりますよね。
雑貨など、ほかのものにしても同じです。 何よりも、そういうことに使う時間がもったいなく感じられてしまうのです。
断捨離は身の回りをきれいにすること自体にも意味はありますが、あくまでも「自分にとって本当に大切なことに注力するための準備」です。
もしも今そういうものがないという方も、断捨離をすることで思考が整理され、自分の価値観が明確になるはずです。
これは、仕事や勉強をする前に机をきれいにするのと同じです。
やるべきことが見えてくれば、あとはそこに全集中するだけですよね。
過去にすでに手放してきたものに目を向けている時間は残されていません。 人生は、そこまで長くありませんから。
それに考えてみてほしいのですが、そういう青春時代の何気ない時間が楽しく感じられたのは、友人や恋人がいたからではないでしょうか?
きっと、当時と同じことを1人でしても、あのころのような楽しさはないはずです。
例えば私は、近年ですと秋が始まる9月くらいに、お台場によく行きます。 最近は海に行くにしても、夏は暑過ぎますからね。
お台場は街並みや雰囲気がすごく好きで、海で静かに1人でお酒を飲みながら、ストリートミュージシャンの歌を聴いたり、目的もなく散歩したりする時間が好きです。
グルメなども充実していますし、夜は夜で景色が最高ですからね。
渋谷や新宿みたいにごちゃごちゃもしていませんし、とても満足度が高い1日が過ごせます。
ただ、私が一番お台場で楽しかったのは、結局は2012年ごろにまだ学生で、地元の友達グループと行ったときです。
今はもう閉館してしまいましたけれど、ヴィーナスフォートを散策してランチを食べ、その後はサイバーパンクな室内型テーマパークとして有名なジョイポリスに行きました。
グループのほかのメンバーはそういうキャラではないのでやらなかったのですが、私だけ大声で「ワイルド〜!」と叫びながらワイルドジャングルというアトラクションを楽しんだりしました。
ほかにもお化け屋敷で私だけかなりガチで怖がったり、ソニックのレースゲームでやり方がよくわからず、リアルでかなり高いジャンプをして周りを笑わせたりしていましたね。
自分でいうのもあれですが、私は地元グループでは結構天然で、ムードメーカーキャラでした。笑
あとは、当時発売された「シャイニングブレイド」のCMが流れていて、Tonyさんの絵に一目惚れしたのもよい思い出です。
シャイニングブレイド、新機種やSteamなどで出してくれないですかね……。 あとはサモンナイト3とか。
と、話がこのままいくとがっつり脱線しそうですね。笑
これだけ思い出が出てくるように、学生時代のこういう楽しさって、自分1人だけでは味わえないものなんですよね。
逆にいえば私が今、お台場という街が好きなのも、当時のポジティブな思い出によるものが大きいです。
ですが、社会人になってからは、昔の友人たちとの付き合いも変わるのが普通です。
これを読んでくださっている皆さんが、断捨離をして自分の課題に集中しようとしているのと同じように、かつての友人たちにもそれぞれの課題があります。
もう、あの時間は戻ってはきません。
逆に、この記事を読んでくださっているような方々が、ずっと過去の青春を引きずっているような同級生から頻繁に連絡されたら、それはそれで相当つらいのではないかと思います。
私も今年、高校時代のサッカー部のプチ同窓会がありました。
私は長らく彼らとは疎遠で、最後に会ったのは本当に10年まではいかなくても、相当昔です。
彼らも当時に比べると、健康を意識してタバコをやめたりなど、よい意味で落ち着いたり成長を感じさせられる部分も多かったのですが、それでも「ずっとあのころの青春を追っているな」という印象は受けました。
それもある意味自然で、彼らはコミュニティが変わっていないんですよね。 ずっと、高校の青春の延長線上を生きているという感じです。
見ている世界や、価値観をアップデートする機会が少ないのですよね。
ただ、これはいわゆる田舎の不良高校で、友人の実家の会社に就職するといったことが普通の環境だからです。
社会人になってからの友人関係というのは、喩えるならばポケモンなどの「パーティー」と同じです。
学生のころはいつも遊ぶようなメンバーがいて、パーティーは大体固定化されています。
これは多くの時間を学校で過ごしていて、それぞれの課題にそこまで差がないためです。
ですが、学生のころでさえ、何を優先するかで付き合う友人は変わってきますよね?
ゲームが好きなグループもあれば、運動部の活動に全力なグループ、遊びや恋愛第一のグループもあります。
社会人になると、このグループ分けが、より課題ごとにされるようになっていきます。
例えばよくあるのが、仕事のグループ、家族、趣味のグループのような分け方ですね。
これは大雑把な分け方で、本当はもっと細かく分かれることが多いのではないでしょうか?
例えば私であれば、職場、家族(未婚)、小説関連、ビジネススクール関連、サバット(フランスの格闘技)、ユダヤ教関連、地元etc……と、緩やかにつながっているものを含めれば、これだけ多くのグループに所属しています。
勘違いしないでいただきたいのは、これは多いから偉いとか、よいとかいう話ではありません。
むしろ私のような人間は、リソースを分割し過ぎて1つのもので大きな結果を出すのが困難になりがちです。
重要なのはポケモンのパーティーのように、私たちは大人になればそれぞれの目的に合わせてグループを使い分けるようになるということです。
ですから、学生時代の友人などと話しても、あのころのように話が合わなくなっていくのですよね。
彼らは彼らにとって今大切なものがあって、それは私にとって今重要なものではないからです。
たまには昔に戻ったように当時を思い出して、くだらない話をするのも楽しいですが、それが毎回ですと過去よりも未来を見ている人にとっては虚しくなってしまうんです。
この記事をここまで読んでくださるような方は、未来志向で現状をよくしたいと思っている方が多いはずですので、きっとこの気持ちは理解してくださると思います
◽️余白にはサプライズアクションを
それでは私たちは自分の課題に邁進するだけで、何の無駄も楽しまない人生を送るのでしょうか?
それこそ、余白のないつまらない人生なのではないかと感じる方もいるかと思います。
結論からいえば、そんなことは全くありません。
余白には今までにない新しい体験=サプライズアクション(以降SA)を入れればよいのです。
SAは、私が通っていたビジネススクールで自主的に行うことが推奨されていたものです。
定義としては「今までにしたことのない未知の体験」「自分が少し抵抗を覚えるけれど嫌というほどではないもの」とされていますが、単純に最近全くしていなかったなと思うことでも、私はよいと思っています。
何か目標があると、必然とそれに向けて日々をルーティン化することになります。
ルーティンの力は偉大ですが、これに囚われ過ぎると新しい発想が生まれなくなりますし、心の余白がどんどんと失われていきます。
ベストセラーにもなっている草薙龍瞬著『反応しない練習』では、私の意訳にはなってしまいますが、以下のようなことが語られています。
〝何か受け入れがたい意見・考えに怒りが湧いて「どう考えてもそんなのありえない!」と否定したくなったとき、それを考えているのは今まで生きてきた自分なのだから、「どう考えてもありえない」という結論に行き着くのは必然なのだと。〟
言われてみれば当然ですよね。
自分1人分の人生経験しかないのですから、どう考えても1つの結論にしか至らないわけです。
こちらはおすすめの本ですので、リンクを貼っておきます。
気になる方はぜひこちらから購入してみてください。

Amazon.co.jp: 反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 eBook : 草薙龍瞬: Kindleストア
私たちは自分の価値観だけで生きていれば、必然と視野狭窄になります。
そして、その最も楽な状態を維持しようとするようにできているのです。
だからこそ、定期的に今までの自分がしていなかった選択をしてみる必要があります。
自分という人間に深みを出すためにも、人生の豊かさのためにもですね。
私も2024年にビジネススクールに入ってから、さまざまなSAに挑戦してきました。
その中には意味があったなと明確に感じるものも、そうでもないものもあります。
例えば先ほども書いたフランスの格闘技サバットなどは、間違いなく私の人生に大きな変化をもたらしました。
身体つきもメンタルも全く別物になりました。
30歳まで格闘技などやったことのなかった自分が、というためらいはありましたが、そこで飛び込まずに終わっていたならば今の人生はありません。
SAにはこのように大きな変化をもたらすものも、そうでないものももちろんあります。
ですが、今すぐには役に立たなくても、未来のどこかでその経験が生きることだってあるはずです。
それに、いつもと違う景色を見ているというだけでも、それは立派に私たちの人生を豊かにしてくれているといえるのではないでしょうか?
今日のアクションプランを提案します。
「今やってみたいと思えるサプライズアクションを、10個書き出してみてください」 どこか外国に行くでも構いませんし、コンビニのこのお菓子が気になっていたから食べてみるくらいのものでも構いません。
その10個書き出したものには、この時期くらいまでにやろうと隣に書きましょう。
できるだけ具体的かつ、実現可能な時期がよいですね。
あまりにも現実離れしていて不可能な時期を設定してしまうと、モチベーションが保てませんから。
私も、もちろんやってみました。
1.金沢の友人の店に行く 今年11月予定
2.ベトナムに行く 来年の春にビジネススクールメンバーで行く予定
3.サバットの試合に出る 試合があるクリスマスシーズンまでに特訓
4.発売中の軌跡シリーズを全てクリアする 来年末まで(現在『零』『碧』クリア 『閃』I途中)
5.物を100個捨てる 今年10月まで
6.Canne de combat(サバットから発展したフランスの杖術)の動画を撮る 今年9月末まで
7.オブシディアンを使ってみる 今年10月末まで
8.季節限定のレモン団子を食べる 今年9月前半まで
9.1週間1日1食生活をする 今年末まで
10.ベラルーシのヴィーツェプスクに移住する 2028年内
◽️今日のまとめ
それでは最後に今日のまとめに入ります。
①自分のすべきことが明確化されていなかった私たちは、学生時代にあらゆる無駄を受け入れることができるインプットモードにあった
②過去の執着を手放した私たちは、もう青春時代のような無駄を楽しむことはできない
③断捨離をして生み出した余白はサプライズアクションで埋めよう
それではまた、また次回の日記・記事でお会いしましょう!
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