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こんにちは、皐月紫音です!
今回はグリーンランドに関する一本の動画を見て私が感じたことを話していきたいと思います。
もとの動画はグリーンランドが抱える社会的問題を扱ったものです。
正直、これだけ聞くと自分たちには関係ないなと感じる方も多いのではないでしょうか。
ですが、話の出発点はグリーンランドでも今回のメインテーマはそこではありません。
グリーンランドの社会問題をきっかけとして、今の日本社会に対して私が感じる違和感を伝えたいと思います。
そして、どうしたら幸せな人生を送ることができるのかという、多くの人が抱えるであろうこの悩みに関して、私なりの考えを書いていきますので、どうか最後までお読みいただければと思います。
以下に今回の記事を書くきっかけとなった動画を貼っておきます
■グリーンランドという国(自治領)
グリーンランドというと、近年はトランプ大統領が米国による領有を求めているということがあって、名前を聞くこともずいぶんと増えたのではないでしょうか。
ただ、私を含めて馴染みがないという方が多数派だと思いますので、改めて簡単に説明させていただきますね。
グリーンランドとは北米大陸北東、北極海と北大西洋の間に位置する世界最大の島国で、現在はデンマークの自治領となっています。
その面積は日本の約6倍ですが、人口はわずか55,000人ほど。
さらに2026年5月現在、国土の大半は氷に覆われているという状態です。
なぜ今、このグリーンランドが米中露といった大国から注目されているのでしょうか。
これは、氷の下に潤沢な資源が埋まっているためです。
また、地理的にも北極圏で影響力を行使するためには無視できない場所にあるというのも大きいですね。
ですが、グリーンランド人の本音としては、むしろこの資源を活用してデンマークからも独立したい。
そうでなくともデンマークとの力関係をもっと対等にしたいというのが本音です。
このようにデンマーク本国に加えて今では米中露の三大国の思惑に翻弄されているというのが、このグリーンランドという国(自治領)の現状になります。
■グリーンランドの社会問題
さて、それでは早速グリーンランドが抱えている現在最も深刻な問題について話していきましょう。
それが〝自殺〟です。
グリーンランドの自殺率は日本やアメリカの5倍以上と言われています。
しかもその多くは未来ある若者なんですね。
北欧諸国といえば皆さんは、どのようなイメージを抱かれているでしょうか?
幻想的で豊かな自然、税金は高くても充実した福祉、そういうイメージをお持ちの方が多いかと思います。
これは間違いではありません。
国民幸福度を測るランキングがありまして、最新の2026年に発表されたものでは以下のようになっています。
1位 フィンランド
2位 アイスランド
3位 デンマーク
5位 スウェーデン
6位 ノルウェー
圧倒的ですよね。
この北欧諸国がランキング上位を独占するという傾向は、もうずっと続いています。
では、こんなに幸福度が高い北欧諸国に属していながら、なぜグリーンランドではこんなにも自殺を選んでしまう人が多いのでしょうか。
これには様々な要因があります。
例えば過酷な自然環境、職業選択における幅の狭さ、北欧諸国でもずば抜けて高い物価などが挙げられるでしょう。
ただ、最大の要因は〝アイデンティティ〟がわからなくなってしまうことだと言われています。
これはかなりデリケートな問題です。
まず当時は今よりも人権というものが軽んじられていた時代であることを理解していただきたいのですが、デンマークは植民地時代のグリーンランドに対してかなり非道な行いをしていました。
グリーンランドの主要民族であるイヌイットを自分たちに比べて劣ると考えていた当時のデンマーク政府は、彼らを強制的に同化させようとしました。
例えば一部のグリーンランド人を後の指導者候補としてデンマークに連行し、デンマーク語や文化を叩き込みました。
これが『小さなデンマーク人の実験』と呼ばれるものです。
ですが、これは結果的に失敗し、グリーンランドの人々に大きな傷を残しました。
母国に帰った人々はグリーンランドの言葉と文化を失っていたのです。
そして悲惨なことにこの実験は、家族の繋がりさえも引き裂いてしまったのです。
デンマークに連行された家族とは肉親なのに言葉が通じず、長い時間を過ごした環境も異なるため、互いに相手の生活文化にも馴染むことができません。
さらにこれによるストレスからアルコールに依存する人も増えていき、家庭崩壊が起きていきます。
想像してみてください。
あなたの家族が他の国へ連行され、長い年月を経て戻ってきたと思ったら、言葉での意思疎通ができず、食文化も歴史も共有することができない事実上の外国人となっていたとしたらどうでしょうか。
グリーンランドで起きたのは、こういうことなんです。
この悲惨な実験の後遺症は今も残り、当時連れ去られた人たちは今は自分の家族を持っています。
ですが、彼らの子供や孫はグリーンランド人として、グリーンランドの環境で育てられます。
そしてその子供世代、孫世代は自分の親や祖父母とは言葉や文化が異なるために〝自分とは何者なのだろうか〟と、自らのアイデンティティがわからなくなってしまうのです。
■日本の危険な右傾化の構造
さて、ここまで長くなってしまいましたが、グリーンランドが抱える社会問題について話してきました。
ですが、今回のメインテーマ、私が一番伝えたいことは別にあります。
その話に入るために、少しだけグリーンランドで問題解決のために行われている取り組みを紹介させていただき、そこから見える日本の社会問題についても話させていただければと思います。
まず、上記のような背景もあるためにグリーンランドでは本来の自分たちらしさを取り戻そうという気運が高まっています。
イヌイットの文化を学び、それを大切に残していくということですね。
私はこれ自体には決して否定的ではありません。
自分たちのルーツを知る、というよりも何かを学んで悪いことはないですからね。
ただ、アイデンティティ=〝自分は何者か〟を確立するということを目的とするならば、もっと別のやり方をすべきではないのかなと思います。
まず、曖昧な存在であるという自体も、この方々のアイデンティティだと私は思います。
それを本人たちが心からそうしたいのであれば別ですが、無理に伝統的なイヌイットの型に嵌める必要は果たしてあるのでしょうか。
これは今の日本社会が抱えている問題ともリンクすると私は感じています。
皆さん、今の日本は人々の思想や発言が危険な方向に右傾化していると、肌感覚で思いませんか?
ネットに溢れる特定の国々や属性の人たちへのヘイト、自分たちを英雄視するような発言、陰謀論、過剰な排他主義がその好例です。
こういう発言をすると、すぐにレッテル貼りされるために事前に言っておきますと、私はこのような属性の方々が言う左翼には当てはまりません。
彼らが求めるような過剰な愛国心は持ち合わせていませんが、安全保障などに関してはかなり現実的な考えを持っています。
先ほども申しましたが、私は純粋に自分たちの国の文化を学びたいとかそういう前向きな気持ちで、いわゆる愛国心を持つことは否定しません。
ですが、私にはどうも彼らのそれは一種の「逃避」「思考停止」に見えてしまうのですよね。
本記事の前半で見た国民幸福度のランキングにおいて、日本は61位というかなり低い順位に位置しています。
これは日本社会=それを形作る〝政治〟には当然問題があると思いますが、究極的に国民の責任だと私は考えています。
民主主義という仕組みは、国民が投票権という株を持ち、政治参加を通じて国という会社を経営し、より良くしていく思想です。
であるにも関わらず、国民の多くがそれを放棄しているわけですから当然ながら国を動かす人たちは自分たちに都合が良いように好き勝手にやりますからね。
日本人の多くは、働き蟻のような性質です。
投票に行く、つまり社会を動かすシステムに干渉する権利は面倒だからと捨てますが、目の前の仕事だけはがむしゃらに頑張るのですよ。
日本人の一年の労働時間はドイツ人やカナダ人のおよそ2倍とまで言われています。
それだけ働いているのにもかかわらず円安でトヨタのような輸出企業以外は生活が苦しく、給料は物価の上昇に対して上がらない。
納得できない使われ方をしている税金は、ステルス的なものを含めて上がっていくばかり。
目の前のことに没頭して頑張っていても、根幹的部分が機能不全であれば社会が良くなることはありません。
先ほども書いたように民主主義の構造上、国民が株主のように一株分でも権利を行使して経営に参加しなければ上手く回らないのです。
それこそ、与党に投票した人たちも「じゃあ後はお任せします」ではなく、「投資したのですからリターンをお願いしますね」という向き合い方をしなければいけません。
ですから一番悪いのはある意味で国民であって、これは自己責任なのです。当然ながら何も生活が良くなる兆しが見えなければ、幸せなど感じられるわけがなく、そうすると日々不満ばかりが出るようになります。
その上に自分たちは不幸な一方、幸せな日々を送っている人も居るわけです。
そんなきらきらとした世界に居る人たちのことも、SNSの影響で見えやすくなってしまいました。
そうすると、二つのマイナスな感情が湧き上がります。
①何かにこの怒りや不満をぶつけたい
②今までの自分を肯定して誇りたい
この危険でネガティブな心理状態を巧みに利用する人たちが、例えば時の政府や一部政治家、インフルエンサーなどです。
国内がボロボロな状態の怒りを外の敵にぶつけさせて発散させる。
さらに〝愛国心〟という都合のいい言葉のもとに結束させるのです。
その矛先が向けられるのが、特定の国や人種、外国人ですね。
そしてもともと多くの国民が幸福を感じられない現状を作ってきた本人たちは、まるでそれらの敵と戦う英雄のように見えてきてしまうという不思議な現象が起こるのです。
私は何も現実的に起きている安全保障問題、移民問題から目を逸らせとは言っておりません。
当然ながらそのようなものへの対応はする必要があります。
ですが、それはあくまでも解決すべき問題というフェーズにとどめておくべきことではありませんか。
それを今の一部日本人は二段も三段も飛ばしてしまっているように見えます。
なぜ、本来は自分のために使う時間を何時間も費やして、ネットにヘイトを書き込んでしまうのか。
まるで自分が役割を与えられた兵士、英雄になったかのような錯覚を覚えることで、承認欲求がインスタントに満たされるからです。
これは戦時中の国が国民の不満を逸らすために遥か昔から使ってきた手法です。
ですが、そんなことを続けている人たちのことを皆さんは幸せだと思いますか?
あまり良いことではありませんが、電車で移動しているとたまに隣の人のスマホの画面が目に入ってきてしまうことがあります。
先日も隣に居た男性のスマホの画面が目に入ってきましたが、そこにはある国のことを嘲笑する動画が映っていました。
彼のおすすめリストは似たようなもので埋め尽くされていました。
おそらく彼は電車での移動時間のほとんどを、そのような動画や記事を見ることに費やしているのではないでしょうか?
人間の価値観や性格は周りにいる7人の人間の平均になるという研究があります。
これは普段入れる情報がどれだけ、その人の価値観に影響を与えるかを表しており、現代では生身の「人」だけではなくネットで浴びる情報によってその人が構成されていくと言えるでしょう。
日々このようなネガティブな情報を浴びている人は、私の予想にはなってしまいますが、かなり思想が先鋭化していき、火に永遠に薪をくべていくかのように、怒りに支配された日常を過ごすことになっていってしまうのではないかと思います。
何かを必死に叩いて嘲笑するような人ばかりが周辺にいる環境では、これが危険なことやおかしなことだと教えてくれる人もいません。
むしろそういう発言さえ続けていれば、誰かが肯定してくれるわけですからね。
私にはどうしても彼らのような日々を送る人が本当に幸せには見えません。
そして、彼らは自分のアイデンティティを『日本人』であることに依存しているように思えますが、それも危険であると私は考えています。
◾️アイデンティティは自分で作るもの
長くなってしまいましたが、私が本記事で最も伝えたいのは、自分のアイデンティティは自分で作るものということです。
『国』というあまりに大きく、コントロールのできないものに依存していては幸せからは遠のいてしまいます。
それが自分の望まぬ方向に向かった時、私たち普通の人間には一株分以上の力はありません。
それを理解せずコントロールできないものに依存すれば、日々怒ることしかできなくなってしまい不幸な生涯を過ごすことになってしまいます。
仮にあなたがマフィアのようなファッションが似合うおじ様、日本が世界に誇る輸出企業のトップのような自分の一声でこの国をどうにでもできる立場なら話は別ですが、そうでないのならば自分の在り方の指標は自分のコントロール可能なものに合わせた方が、ご機嫌な人生は送れるはずですよ。
ここで質問ですが、あなたのWikipediaがあるとして、そこにはあなたの人生が終わった後に何が書かれていますか?
あなたの人生が明日終わるとして、あなたの家族や友人、恋人はあなたのことをどういう人だと評するでしょうか?
「彼(彼女)は日本人で日々愛国心から、ヘイト的な発言を繰り返していた」
こんな風に人生が締めくくられることに満足できますか。
もちろん、実際にはもっと良い部分をピックアップしてもらえるでしょうが、身近な人々やあなたを見てきた人たちの印象に残るのは、おそらくはそういう部分のはずです。
私たちはもっと、自分の人生を生きなければいけないのではないでしょうか。
せっかくこの世界に生を受けたのに、あなたも私も、この世に残す生きた証がそんなものでいいわけがないです。
私は究極的に明日、日本という国が亡くなり、流浪の民となったとしても全く不幸だとは思いません。
何故なら私の心の拠り所であるアイデンティティは、もっと別のところにあるからです。
オンライン上には私が書いてきた小説もシナリオを担当してきた動画も残っています。
短い期間ですがロシアに行って、ロシア語を学んだという経験も消えません。
30歳になってからはフランスの格闘技サバットを始めました。
今ではサバットから生まれたフランス式キックボクシングのボックスフランセーズと、杖を使う護身術Canne de combatという二つの種目をしています。
本記事のヘッダーは、夜にCanne de combatの練習をしている時に撮影したものです。
他にも以前から厨二心的に惹かれていたユダヤ教について学び始め、実際にユダヤ人の方々と安息日をはじめとしたユダヤ教行事を体験し、その思想を日常生活にも落とし込んでいます。
私は国とか◯◯人であるという括りに依存しなくても、自分はこういう人間であると定義することができます。
もちろん少し特殊な生活過ぎるため、自分はそんなことできないとか、逆に趣味を楽しんでるだけだろと感じる方もいるかとは思います。
それは確かにもっともなのですが、私の今のアイデンティティといえるものの大半は20代後半から形成したものです。
特別裕福なわけでも学歴があるわけでもありません。
むしろ同年代の平均よりも収入は低いですし、学歴にいたっては通信大学を中退してますからね。
そして逆に趣味を楽しんでるだけで大したことないと感じられた方は、それならあなたにも既に自分のアイデンティティといえるものがあるということではありませんか。
生きていれば必ず自分はこれに対して凝っているといえるものが出てきます。
それは国や人種にとらわれないあなただけの個性で、アイデンティティじゃないんでしょうか。
そんなものないし、周りに誇れるようなものじゃないと思う方は、まずは何か一つでも自分が興味あるものの世界に、これから飛び込んでみれば良いと思います。
動機はなんでもいいです。
モテそうだからスノボー覚えたいとか、そんなのでも良いですよ。笑
そうすれば勝手にこれが自分だと言えるものが積み上がっていきます。
もし、今これを読んで自分のアイデンティティを探したいと感じたのなら、試しに今作れる範囲で自分のWikipediaを紙に書き出してみるのがおすすめです。
あとは断捨離も良いと思いますよ。
無駄なものを処分し尽くして、残っていたものが今自分が本当に大切にしているものです。
ちなみに私はこんな感じでミニマリズム系のマガジンも書いていますので、もし興味があれば是非こちらも読んでみてください
それでは本当に本当に長くはなってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました。



