過越の祭り《ペサハ》に参加して

2026年4月1日、ユダヤ教の過越の祭り(ペサハ)にはじめて参加してきました。
今の情勢を踏まえて、会場の場所などに関する情報は伏せさせていただきます。

簡単に自己紹介させていただくと、私は普段はシナリオライターやYouTubeディレクターを中心に生計を立てている皐月紫音と申します。
2025年から厨二心的に興味のあったユダヤ教関連の行事に参加しています。
今回の記事では前半に過越の祭りとは何なのかという話を軽くさせていただき、後半からは私の体験を日記のように書いていくつもりです。

ではまず過越の祭り《ペサハ》とは何なのかということですが、これはユダヤ人がモーセを指導者としてエジプトを脱出し、奴隷生活から解放されたことを祝うお祭りです。

かつて、ヤコブの息子であるヨセフがエジプトで宰相となった後に多くのユダヤ人が、「ゴシェン」(エジプトにかつてあったとされる地名)へと住み着きました。

その数はどんどんと膨れ上がっていきました。
後の時代のファラオはそれを脅威と感じ、ユダヤ人の扱いを落として上下関係を明確にさせたわけですね。

これに苦しんだユダヤ人たちを救うために派遣されたのが、かの有名なモーセです。

軍に追われたユダヤ人たちを逃がすため、神から与えられし力でモーセが海を割ったシーンは皆さんもどこかで見聞きしたことがあるでしょう。

モーセはファラオにユダヤ人を解放するよう交渉するのですが、この願いは受け入れられませんでした。
その後、エジプトには主の力で様々な災いが降りかかります。

災いの内容は「カエルが池に溢れ出す」のような読む分には思わずクスッとしてしまうようなものから、「エジプト全土の初子の命が失われる」という極めて過酷なものまでありました。

補足しますと、この最も重い災いは最終手段であり、それ以前にファラオは、新しく生まれたユダヤ人の男子は処すように命じていました。
エジプトとユダヤ人の対立は、決定的な段階に達していたのです。
そして、このファラオの残酷な命令を家族の計らいで逃れたのがモーセでした。

主の災いを逃れるためにユダヤ人たちは、家の扉に印を付けることで自分はエジプト人ではないことを示しました。
そして災いを受けずにすんだ、つまりは「過ぎ越した」ことに由来して過越の祭りと呼ばれています。

ここまでが、過越の祭りの大まかな概要になります。

実際の流れについては、調べれば多くの情報が出てきます。
本テーマに詳しい読者の方も多いかと思います。
ですので、ここからは最低限の要点に絞り、私の体験談に移ります。

まず、過越の祭りはユダヤ暦ニサン月14日から7日〜8日間(8日はイスラエル以外の国で行う場合)、グレゴリオ歴では3〜4月の時期に渡って開催されます。

その始まりとなる第一夜は、「セデル」という儀礼的な食卓を囲みます。

「セデル」の食卓に並ぶ食事には以下のようなものがあります。

・マッツァ
無酵母で小麦と水だけで作られたクラッカーパンで過越の祭りでは主食となります。
エジプト脱出の際にパンを膨らませる時間もなかったことに由来します。

・ズロア
小羊のすねの骨、災いから逃れるために当時のユダヤ人たちは小羊の血を使って扉に印を書きました。
その犠牲となった小羊を連想させるものです。

・マロール
苦菜、ホースラディッシュ。エジプト時代の苦難を象徴させるもの。
最初はそのまま、その後は後述のマッツァとハロセットともに美味しくいただきます。

・ハロセット
デーツやドライフルーツ、ミックスナッツのペースト。エジプトでレンガ作りに使用した土を象徴し、甘い味は主が常にともに在るという希望を表します。
マロールとマッツァとともに食べるととても美味しいです。

・ベイツァー
ゆで卵、エルサレム神殿へのお供物を象徴。
また生命の循環を象徴しているとも。

・カルパス
断じてあのソーセージのことではありません。笑
こちらもマロール同様、セロリやパセリのような苦味のある野菜のことです。
ユダヤ人の涙を表す塩水につけていただきます。(私が参加した席ではあったか記憶があやふやです)

ちなみに上記の通り、この過越の祭りは一週間かけて行われますが、ユダヤ教の祝日は長期に渡って行われるものが多いです。
私たちのようなゲストは印象的な一日の部分だけ体験しますが、彼らにとっての祝日はその後も長く続いていきます。

これに関してはイスラエルに行く機会があればよくわかるのではないかと思います。
イスラエルではユダヤ教の行事や思想に社会全体が左右されているためです。

例えば安息日であればお店や交通機関も止まり、レストランは肉料理店と乳製品料理店で分かれていますし(ユダヤ教では肉と乳製品は一緒に食べれない)、過越の時期には食料品店から酵母が消えます。

さて、前置きが長くなってはしまいましたが、ここからの後半は私が実際に体験したことを書いていこうと思います。

当日、会場の建物に到着すると顔見知りの日本人女性Aさんが、案内をしてくれました。
彼女はもう長いこと、この団体に通っている方でして祝日の際は、こうして率先してボランティアをしているようです。

会場入りすると、国際色豊かな方々が既に談笑を始めていました。
今年はかつてないほど大人数になるとは聞いていましたが、入れ替わり立ち代わりで優に100人を超えていたのではないでしょうか。

前回の安息日もそうでしたが、円安等の影響もあり今は日本に本当に多くの国からユダヤ系の方々が来ているようです。
中にはパキスタンなど、ユダヤ教のイメージがない国もあります。
アラブ系の顔立ちの方々も多く、改めてユダヤ教は人種による比率の差はあれど、国際宗教なのだなと感じさせられました。

席を探していると、以前お話ししたことのある日本人男性を発見し、同席させてもらいました。

ここで、もう一つ嬉しい発見がありまして、なんと彼はロシア語学習仲間であることが判明したのです!
英語力皆無の私にとって、ロシア語は実質第一外国語です。

なぜ学んだのかの背景などは今回は割愛しますが、周りに人が来るまでお互いにロシア語縛りで世間話をすることに。
ネイティブ相手だと身構えてしまいますが、お互いに決して上手いとは言えないレベルとわかっていれば、遠慮なく言葉を使ったり時間をかけて話すこともできます。

そんなこんなで私たちが盛り上がっていると、そこにスウェーデン系ユダヤ人の団体さんがやってきました。

英語力中学生以下の私に代わり知人がうまく対応し、私が彼らと話せるように必要なところでは通訳もしてくれました。

なんと心強い…!

とはいえ、特に気さくだった隣に座った女性が積極的に話題を振ってくれているのに話せないのは本当に歯がゆいものがあります。

ラビが「ハガダー」(出エジプトの物語や式次第をまとめたもの)を力強く読み上げ、儀式が進行していく中、せっかくのご縁で共に食事をすることになった彼らに、なんとか友好の気持ちだけでも伝えたいという想いが湧き上がってきました。

そこで私の気持ちをまとめた文章をClaudeで翻訳しました。

スウェーデン人同士でお話しムードとなっていた彼らの話が一区切りするのを待ち、まずは彼らの名前を教えてもらいます。

そして「私は英語は、ほとんど話せないけどあなた達と過越を祝えることがとても嬉しい。ハグ・サメアハ(過越の挨拶)」と伝えました。

すると、彼らもとても好意的に受け取って喜んでくれました。その後は、こちらにたくさん質問もしてくれるようになります。
いえ、私はほとんど理解できてなかったのですけどね。笑

そしてこういう行事に参加するとまず聞かれる「君もユダヤ人かい?」という質問もされました。
この質問、日本人のアイデンティティに捉われてない感じが好きなんですよね。

こういう場所に居れば私も世界の一人でしかないんだという感じがします。
これは後ほど別の記事で書こうと思いますが、私は自分のことは〝個人〟として認識しており、日本人とは思っていません。

あくまでそこで生まれただけという理由で帰属意識を持つことは私はしません。
自分でそう生きると決めて辿り着いた場所こそ、自分が帰属すべき場所だと私は信じています。

その後も彼らは、私が気を遣われていると気負わない範囲で話しかけ続けてくれました。
様々な国際交流の場に私は顔を出している方ですが、ここまで好意的に接してくれたのは始めてかもしれません(いい加減、英語を覚えろやと)。

彼らがそういう性質を持っている方々というだけだったのかもしれませんが、スウェーデンという国への好感度も私の中でかなり上がりました。

これ自体、私が好まないこの国の人はこういう人だと決めつける行為でもあるのですけどね。笑

セデルの食事が一通り終わると、そのあとは次々に美味しそうな新しい食事が運ばれてきます。

私は事前に過越の料理は日本で言えば精進料理のようなものに近く、もっと当時を思い返してしんみりとした空気だと思っていたのでこれは予想外です。

昼飯を食べてきたことを心から後悔しました…。

ですが、イスラエル料理らしくメニューはヘルシーで健康的です。
野菜中心の前菜、上質なタンパク質が豊富なサーモンなどの魚や牛肉料理。
量を食べても太らなさそうなのが良いですね。

料理を食べながらも儀式は進行していきます。
何を今すべきかは、スウェーデン人グループの方々がジェスチャーで教えてくれます。

例えば皿に指でワインの雫を垂らしていく儀式があります。
これにはなんの意味があるのだろうかと見様見真似で私はジェスチャーに従いながらやっていましたが、後で調べたところでは災いと同じ十の数の水滴を垂らす儀式だったそうです。

そして食事とともに、お酒もどんどんと入っていきます。

案の定、席を立って踊り出すユダヤ人の方々。
結局いつもの安息日のパーティやないかーい!と心でツッコミを入れます。笑

私もこういうときに弾けられたら楽しいだろうなぁと思って見ていると、お酒を一切飲んでない知人の方が先に壊れました。

普段は控えめな雰囲気なのに、前で踊っている人たちの輪に突撃し、ついには肩を組んで踊り出したではありませんか。

こういうときこそ、ファーストペンギンになれや!と思いながらも私も今行くしかない…!と知人に続いて輪に突撃。

フレンドリーな方々ですぐに私の肩に手を回して一緒に踊ってくれました。(なんかすごく嬉しい!)

ですが、ここで過越の祭り七不思議が私に襲い掛かります。

ハードなダンスに耐えられずに何度も頭から落下する私のキッパ(ユダヤ教の宗教施設などに入る時に男性が被る帽子)。

ですが、周りのユダヤ人の方々の頭部では抜群の安定性を保っています。

なぜだ…!?

と理不尽に震えながら、心の中で謝ってからキッパは脇に挟ませていただきました。

落ちないコツがあるなら誰か教えて欲しいものです。

ちなみに全員の前で、最後にはコサックダンスを披露していた知人は本物の勇者だと思いました。

そしてコサックダンス…だからロシアかぁとこのときに納得。

踊り疲れた後も食事は出てきますが、さすがにお腹いっぱいのためにスウェーデン人グループの方々に挨拶して席を後に。

一期一会、観光で来ていた彼らに会うことはおそらくもうないでしょう。
次に会う機会があってもお互いに覚えていないかもしれません。
英語はやはり身につけたいものですね。

知人は先に帰ったために、私は片付け作業のボランティアを申し出ました。
日本語が話せるラビの奥様や、数人のユダヤ人の常連さんの指示に従いながら90分ほどお手伝い。

こういう素敵な縁を結ぶ場所を作るお手伝いができた貢献感に浸りながら、すっかり遅くなってしまいましたが帰宅しました。

長くなりましたが、今回はここまで。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。